2015年05月19日

 5月15日午前10時25分、2歳年下の妹が息を引き取りました。

 今年の年明け早々、末期(ステージ4)の癌と診断され、2月に「今年中は持たない」と余命宣告を受けた妹。自らの意志で延命治療は望まず、4月に嫁ぎ先から実家へ戻り自宅療養を始めました。その月末の帰省での20数年ぶりの一家団欒では、昼夜を問わず1時間おきに痛み止めの薬(ほとんど麻薬に近い強い薬)を服用、顔や腕は痩せ両脚は浮腫んでいましたが、少ないながらも食事をし、ゆっくりではあっても室内を歩き回り、冗談を言い、笑顔を見せていた妹。しかしその1週間後、食事や薬も受け付けられなくなり入院しました。

 5月11日に再び日帰りで帰省し、病院に妹を見舞いました。点滴によるさらに強い痛み止めの薬のため、呂律も回らず意識も混濁朦朧とした妹がそこに居ました。病室を出る際、

 妹 「またね〜」
 自分「ああ、また来るからな」
 妹 「(手を振りながら)ゴメンね〜」
 自分「謝ることはない」
 妹 「…」
 自分「また来るからな」

 本当はもっと言いたい事や話したい事があったのですが、後はただ妹の顔を見つめその姿を目に焼き付けるのが精一杯。これが妹との最後の会話になりました。

 5月15日、この時が来るまで妹はどれだけ悲しく、寂しく、辛く、苦しく、そして怖かったか。まだ見たい物が、食べたい物が、行きたい所が、話したい事が、知りたい事が、そしてやりたい事がいっぱいあったはずなのに。順番を間違え、兄だけでなく両親をも追い抜き、妹は旅立ってしまいました。

 二十数年前、妹の結婚式で親が用意してくれて着た礼服を、妹の葬儀のために着るとは思ってもいませんでした。そして、自分が妹の遺影を胸に抱き歩くとは、全く考えてもいませんでした。

 生前は多くの人に愛され、可愛がられ、葬儀では多くの人に泣いてもらった妹。

 先立った者の心の内を残された者が都合良く思うのは愚行ですが、その閉じ方は悔やまれても、約44年と5ヶ月の妹の生涯はやはり「幸せであった」と強く願います。

 妹と二人で、ただ両親に甘えて無邪気に過ごした幼い日々が、今はひたすら恋しく思います。

posted by あさい(管理人) at 22:22| Comment(2) | 日記